三雲・井原(いわら)
撮影 2004年11月11日
| ここに天津日高日子番能邇邇芸能命、笠沙の御前に麗しき美人に遇いたまひき。ここに「誰が女ぞ」と問ひたまへば、答へまをさく、「大山津見神の女、名は神阿多津比売、亦の名は木花之佐久夜毘売と謂ふ」とまをしき。(古事記 上つ巻より) |
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天孫二ニギのお妃 (日本神話より要約) 天孫ニニギが笠沙の岬でとても美しい娘にお会いになり、「どなたの娘か?」と尋ねられました。すると娘は「大山津見の娘で名はカムアタツヒメ、またの名をコノハナノサクヤヒメと申します。」と答えられました。さらに「兄弟姉妹はいるのか?」と尋ねられると、「姉に石長比売(イワナガヒメ)がおります。」と答えられました。「私に会おうと思ったのはなぜか?」と聞かれると、「私ではなく、父のオオヤマツミが会うように申したのです。」と答えられました。 二ニギがコノハナサクヤヒメとの結婚を父のオオヤマツミに申し出たところ、オオヤマツミは喜んで、姉のイワナガヒメも添えて二ニギに差し出しました。ところがイワナガヒメはとても醜かったので、二ニギは姉だけをオオヤマツミのもとへお返しになりました。 オオヤマツミは姉のイワナガヒメだけを返されため大変申し訳なく思い、「私が娘二人を並べて差し出した訳は、イワナガヒメをめとっていただければ御子のお命はたとえ雪が降り風が吹いても岩のように堅固なものとなりましょう。またコノハナノサクヤヒメをめとっていただければ木の花が美しく咲くように栄えるよう願って差し出したのです。こうしてコノハナノサクヤヒメだけをめとってイワナガヒメを返されたからには、御子のお命は木の花のようにはかないものとなるでしょう。」と申されました。 |
撮影 2001年5月4日
細石(さざれいし)神社
| 三雲の集落の南の端に細石神社(佐々禮石神社)があります。祭神は、木花開耶姫と、姉の磐長姫です。 |

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三雲南小路遺跡
| 細石神社から道路をはさんで西側に三雲南小路遺跡があります。江戸時代に王の甕棺、昭和五十年の調査時に王妃の甕棺が発見されました。下右の煉瓦を敷き詰めた位置です。江戸時代の発見時には前漢鏡三十五面、銅矛、銅剣、勾玉他の副葬品が出土したといわれています。わが国で最古の王の墓とされています。 | |
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| 三雲南小路遺跡の説明板 |
井原(いわら)1号墳
![]() | 井原1号墳 |
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井原1号墳から井原山、雷山方面を望む |
撮影日 2001/08/19
| 井原1号墳の案内板と墳頂の様子。下草がきれいに刈られてあったので、ヘビも出没しませんでした。 |



