伊都国歴史博物館
更新2007年11月11日
| 11月10日、秋季特別展「倭人の海道 一支国と伊都国」を見学してきました。一支国は魏志倭人伝に伊都国、松浦国とともに登場する古代のくにです。展示物では「貨泉」という中国の貨幣や、「権(けん)」といって、さおばかりの重りのようなものが興味深かったです。子供のころ、さかなを売りにきたおばさんが「ちきり」というさおばかりで魚の重さをはかっていたのを思い出しました。11月18日までです。土曜日の昼下がりで入場者も少なく貸切状態でした。博物館を出た後、鑓溝遺跡(やりみぞいせき)の発掘跡を見て帰りました。 |
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更新2005年9月8日
9月4日(日)に伊都国歴史博物館の平成17年度夏季ミニ企画展「伊都国海ものがたり」−古代の船と海辺のくらし−を見てきました。この日は最終日でした。例によって周船寺駅より1時間ほど汗だくになって歩き、帰りも土砂降りの雨の中を駅まで歩きました。博物館まえの通りにバス停があるのですが本数が少なく、休日は電話で呼ばないと来ません。筑前高校かどこかの学校の体育祭らしき歓声がきこえてきていたのですが雨で途絶えたようでした。 館内は静かで、数人の団体がボランティアと思われる案内者の説明を聞きながら見学していたので一緒についてまわりました。ミニ企画展というだけあって、1階の展示室でこじんまりと展示されていました。御床松原遺跡で出土した釣り針、アワビオコシ、潤地頭給遺跡で出土した準構造船の復元模型などが興味をひきました。ミニ企画展を見た後は3階のメインの展示室にあがり、ゆっくりと鏡その他展示物を見学しました。下の写真右側はミニ企画展のパンフレット、左側は、前原市教育委員会発行の潤地頭給(うるうじとうきゅう)遺跡の調査報告書です。 |

撮影2005年3月21日
| 平成17年3月20日、まさかの福岡県西方沖地震。本震は8秒程度だったらしいがずいぶん長く揺れていたように感じた。揺れがおさまり近所の子供が「助かった!」と外で叫んでいるのを聞きまさに「御意!」と思った。昨年末、10年乗って28万Km近く走行した愛車を廃車にして以来、足がなくなり更新が滞っていたので、更新の材料にしようと三雲出土の銅鏡、銅剣を見に伊都国歴史博物館まで周船寺駅から徒歩で向かった。しかし昨日の地震の影響で休館。しかたなく汗ばむ陽気の中、春の風景をカメラに収めながら、波多江駅まで歩き、駐車場脇のラーメン屋でラーメンを食べた後帰った。 |
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撮影2004年12月8日
駐車場のある北側の資料館側からはいると、2階の手すりから石斧をふりかざしたひげもじゃの古代人がでむかえてくれます。一階奥の受付(多分玄関口は南側だと思われます。)で下の写真のようなパンフレットをもらいました。1階、3階がおもな展示室で4階部分は見晴らしのきくガラス張りの展望室のようになっています。天気もよく、南の背振山系の井原山、雷山、東の高祖山、北の糸島半島部の山々がきれいに見渡せました。書棚には古代史や糸島関係の本が多数おいてあり、よこのソファに座ってゆっくり閲覧することができます。 メインは3階の展示室で、じっくり時間をかけて見学したいものがたくさんあります。三雲南小路遺跡でみつかった金銅四葉座飾金具、これは中国の皇帝が王侯クラスの貴人の葬儀にたいしてのみ贈ったもので、この遺跡に葬られた人物が王であったことを証明するものです(The proof of King)。四枚の花びらが十字になったような金具で、木の棺おけに取り付けた飾り金具です。 展示室の中央に平原王墓の発掘当時の状況が大きな模型で展示されています。かたわらに割れた鏡の破片が散乱し、遺体のあったくぼみの胸のあたりには、さびた長い太刀が置かれていたようです。 鏡も多数展示されており、日本最大、直径46センチの内行花紋鏡が4面、ほかにも直径20センチ前後の鏡もたくさんありました。 木の出土品の展示もあり、加布里の釜塚古墳で出た石見型木製品、おもしろいのは、高床式倉の柱にねずみがのぼってくるのを阻止するねずみ返しの木の板、木の農具などでスコップのようなもの、鍬の先の部分などです。 バロック音楽のBGMが静かに流れており、客も多くなかったのでゆっくり見学できました。 |
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